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西オーストラリア生活の中で考えた、教育・子育ての課題 ~ 幼稚園児編

2014.06.10.(Tue)Chieko By.Chieko
カテゴリー:パース紹介 教育

パース在住主婦ライターChiekoです。

パースは、昨夜から今朝にかけて、嵐のような天気でした。
日中も、雨が降ったり止んだり、そうかと思えば晴れ間も見えて、今の時期らしい、めまぐるしい天気でした。

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西オーストラリアでは、6月・7月・8月が、『冬』の季節となっているそうです。

とはいっても、日本の冬とは、季節感もずいぶん違いますが・・・

それでも、このあたりでも最近は、黄色くなって落葉する樹木もみかけ、秋冬らしい雰囲気も感じることができます。

 

前回、海外に来て1年以上経ったところで、改めて考える「海外での子育て・教育の課題」について、日本でいえば中学一年生にあたる年齢の娘にスポットをあてて書いてみました。

西オーストラリア生活の中で考えた、教育・子育ての課題 ~ 中学1年生編

今回は、幼稚園児の息子の年代について書いてみようと思います。

海外で子どもをどう育てるか。
それぞれの家庭の状況によって、考え方も色々と変わってくると思います。

私自身も、すごく深刻に考えているわけではありませんが、自分なりにふと戸惑ったことや、母国での子育てとは違うな~と感じた点をあげてみたいと思います。

  • アルファベットの習得

息子にとっては、今通っているkindyが、人生で初の「集団生活」となりました。
一時的に保育に預けた経験や、子育ての集まりに参加したことはありますが、決まった日に決まった先生やお友達と顔を合わせ、継続的に課題に取り組む、という場として、初めてのものでした。

通い始めてからしばらくは、途中で泣いてしまい、早めにお迎えに行ったこともありましたが、今ではすっかり慣れて、順調にkindyに通っています。

最近では、登園すると、まず自分の名前を書く練習をして、それからアルファベットを書く練習をしています。

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ラミネート加工されたアルファベットの紙を、専用のペンでなぞります。
ホワイトボード用のペンみたいな感じなので、書いたものは、後程消され、また次の日、同じようになぞって書く練習をします。

登園すると、それぞれの名前の紙とアルファベットの紙がテーブルに並べられています。
子ども達は、登園したらまず何をやるか、すっかりわかっていて、教室に入ると、まず自分の名前の紙を探し、席について書き始めます。

先生はその日の指導の準備で忙しそうですが、あちこち動き回りながらも、子ども達のライティングに目を配り、名前を呼びながら 「Excellent!」「Beautiful!」 と声をかけていきます。

最初は、線をなぞるということも、なかなかできなかった息子ですが、最近はだいぶ正確になぞれるようになってきました。

kindyに通うようになり、集団生活というものがようやくわかってきたばかりの息子。
それでもまだまだ、4歳といえば、分別もつかないし、ルールや集団での動きより、自分の感情や衝動が勝ってしまう年齢。
そんな状態で、文字や数字を教えても、頭に入っていくのだろうか・・・?という疑問が、正直ありました。

長女の時は、この年齢では、読み書きや計算をこなせることよりも、「体を使って思いっきり遊ぶ」とか「自分がやりたいと思ったことをやってみる」とか、そういう体験をまず大切にしてきました。
わりとのんびりと育ててきたと思います。

その感覚からすると、まだちょっと早いのかな・・・?と思ったり。

 

けれど、様子をよくよく見ていると、kindyでやっているライティングの練習、息子は決してイヤがっていないんですね。

まず、先生が褒めてくれる(笑)。
どんな出来であろうと、先生は必ず褒め言葉のシャワーを浴びせてくれるんですね(笑)。
これは本当に、息子にとってはうれしいみたいです。

そして、毎日やることで、少しずつうまくなっている、ということを、息子は自分自身でもわかっているみたいです。
そうした達成感、自分が成長しているという自覚、そういうものを感じられることは、こんな小さな子どもでもうれしいし、やりがいにつながるんだな、と思います。

日本にいた頃は、基本的に読み書きや計算は小学校で教えるもので、それ以前の幼稚園時代にどれだけ教えるかどうかは、その幼稚園の教育方針によるところが大きかったと思います。
私が長女を通わせていた時も、小学校に上がる前にひらがなを教えておくべきだ、という幼稚園と、教えるべきではない、という幼稚園と、両方の話を聞いたことがあります。

西オーストラリアでは、州の教育制度として、kindyやpre-primary(日本でいうと年長さんの学年)は、基本的にprimary schoolの準備教育の場、という意味合いが強いみたいなので、その一環としてまず文字や数について教えているのかな、と思います。

国が違えば、教育に関する制度や考え方が違うのも当たり前。
そういう中で、戸惑いを感じてしまう部分もあります。

でも、最終的には、文字を覚えさせることの是非、ではなく、子どもが意欲を持って取り組めること、そしてやったことに対し自信を持てること、読み書きの習得がそういうポジティブな体験の一環としてあることに、私は今のところ肯定的な感想を持っています。
今後の成長を、素直に見守っていきたいと思います。

そんなこんなで、早くもアルファベットを覚え始めている息子ですが、日本語のひらがなやカタカナなど、いったい何歳くらいからどのようにして教えたらいいのかなぁー?というのも、疑問のひとつです。

 
  • 自分の経験があてはまらない

最近、息子がkindyで歌っている歌を、家でも歌ってくれます。

たとえば、こんな歌。
Days of the Week Song という歌で、曜日の言い方が歌で楽しく覚えられるんですね。

 

 

そんなふうに、息子を通して、私もこちらの子ども達が歌っている歌を覚えられるので、楽しいなーと思います。

ですが、、、そうはいっても、実際にほとんどの歌は、息子の歌を聞いても、歌詞もメロディもよくわかりません(汗)。

たとえば日本にいたならば、春はチューリップの歌を歌うなーとか、夏は天の川の歌だなーとか、冬は雪の歌だとか・・・
子どもが歌っていれば、親も何の歌かわかりますよね。
そして一緒に歌うこともできます。

子育てをする時に、日本にいた頃はあまり意識しなかったけれど、実は自分自身が教えられたこと・自分自身の経験や思い出、を、紐解いて振り返ってみながら我が子と接することって、多いんじゃないかと思うんですね。
子どもが幼稚園でやっている活動や行事なども、自分自身も子どもの時にやってきたことも多いから、自然と子どもの経験をシェアできるんじゃないかと思います。
また、幼稚園で教わったことについて、家庭でさらに教えてあげたり、話を広げてあげることもできますよね。

でも今、息子がこちらのkindyで体験していることは、私には本当に全て未体験であり、正直、想像がつかない部分も多いです。

幼稚園と家庭・・・活動の場としては別々であるけれども、子どもは両方の場所での体験を相互に行き来させているんじゃないかな、と思います。でも今は、私の経験では、息子に幼稚園での出来事を理解し、サポートしてあげることが難しいと感じることがあります。

今のところ特に目立った問題がある、というわけではありませんが、やはり母国で子育てをするのとは違うな、と感じる面です。

まあ、その分、息子は家庭で日本のことを、kindyでオーストラリアのことを、学ぶことができるわけで、それはそれで豊かな経験だといえるのではないか、とも思います。

 
  • 日本語・日本のことをどう教えるか

 

やはり当たり前のことですが、日本の環境にいれば自然な流れでできるようになることが、こちらではなかなか難しいと感じます。

たとえば、おはし。
おねえちゃんは、4歳くらいの時には、お箸もかなり上手に使っていたなー(正しい持ち方ではなかったけれど)・・・ですが、息子は今もまだお箸がうまく使えません。
使わせようと思っても、使いたがらないのです。
日本では、周りのお友達がお箸を使っているのを見て、『自分も!』とやる気に火がつくことも多いかと思うのですが、こちらでは周りもお箸を使っていないので、本人も不自由を感じないのかも?

また、たとえば物の数え方。

人は「ひとり」「ふたり」「さんにん」・・・
物は「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」・・・
紙は「いちまい」「にまい」「さんまい」・・・
カンガルーは「いっぴき」「にひき」「さんびき」・・・
えんぴつは「いっぽん」「にほん」「さんぼん」・・・

でも英語では、one, two, three …

こうした数え方も、常に日本語の環境の中なら、自然と身についていくものでしょうが、すでに言葉がミックスになってきている息子にとっては、one, two, threeの方が数えやすいみたいです。

こうした、細かな日本語の使い方は、やはり親が意識的に教えて行かないと、息子は使えるようにならないだろうなー、と思います。

息子はたぶん、英語を習得するという面では、かなりこちらの子どもと同じようにやっていけると思います。
その面では、小学校6年生の歳でこちらに来た娘の方が、苦労は多いと思います。
ですが、基礎的な日本語の知識が出来ている娘は、日本語ネイティブとしての日本語力を持ちながら、幅広く通用する英語力も身につけられる可能性があるんじゃないかと思います。
一方息子は、まだ日本語自体、きちんとインプットできていない。今後、親子共にきちんと努力をしなければ、ネイティブとして日本語を話すことが難しくなっちゃうかも・・・?なんて思います。

また、言葉だけでなく、日本の文化や行事、生活や自然のことなど・・・日本人にとって当たり前の身近な知識も、彼にとっては「学ばなければならないこと」になっていくんだろうな、と思います。

 
  • 将来を見通した子育て・教育

海外で子育てをすることになり、今まで自分自身が育ってきた環境や、受けてきた教育など、自分自身の中の判断基準が通用しないということを感じます。
国が変わればその国の子育てや教育に対する考え方があり、それを学びながら、手探りでやっていくしかないんですよね。
それが難しいなー、と思います。

日本の中で、当たり前のようにあった、子育ての尺度・・・それが海外に来ることによって、取っ払われてしまい、改めて教育の意味、子育ての意味を、自分で考えなくてはならないと感じます。

そんな中で、以前、長女が通っていた幼稚園の先生が言っていたことを思い出します。
ベテランのその先生が言ったことは、

「子育ては、今を見て育てるのではなく、20年後、子ども達が大人になって社会に出た時に、自立して生きていけるようになるにはどうしたらよいか、そのために今何が必要か、を考えて子育てしてください。そして、大切なことは、自己肯定感を育ててあげることです。」

これは今も、私がよく思い出す言葉です。

国が変われば、教育の制度や価値観も変わります。戸惑うことも気持ちが揺れることもあるけれど、その一つ一つに対し良い・悪いを言うよりも、長い目で見た時にトータルで子どもによい経験となり得るかどうか、を考えていきたいです。
それはたぶん、どんな環境の中にいても、最終的には共通することなのではないでしょうか。
私個人的には、西オーストラリアの教育は「自信を持つ」「失敗を恐れずチャレンジする」といった経験を、子ども達にさせてくれる。そういう意味で、やはりよかったんじゃないかと思っています。

逆に、●年生で覚えるべき漢字が書けなかったからということで、『勉強が遅れている』『落ちこぼれている』と子ども自身も親も思い込まされてしまう、今の日本の教育が、本当に自信や幸福感を持って生きられる人間へ育てることにつながるのか・・・
そんなことも、考えさせられたりします。

子育ては本当に答えの出ない難しい取り組みであり、海外にいても日本にいても、親にとって尽きない悩みであることには変わりありません。

これからも、子ども達と共に学びながら、子ども達の成長をサポートしていきたいと思います。

 

Chieko

Chieko
2013年4月よりパース在住。ライター&ブロガー。オーストラリアの食・子育て・生活を紹介するブログ「パースで手作りざんまい」、ネイティブ英語とは?がテーマの勉強ブログ「話す英語。暮らす英語。」執筆中。複数の企業サイトへ、食・旅行・教育に関する記事を寄稿中。2児の母。
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