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オーストラリアで2015年度の学校生活を無事終えた子どもたちのこと

2016.01.07.(Thu)Masahiro Natori By.Masahiro Natori
カテゴリー:教育 雑談

こんにちは、masaです。

本日パースは39度!私はパースに来てから4軒目の家に引っ越し作業中なのですが、今朝は6時起きで作業してました。この気温では日中は暑すぎて作業になりません。オーストラリア人が朝の動き出しがずいぶん早いのはそういう生活の知恵なのかなと思います。

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私には2人子どもがいて、2015年は一人はハイスクール(中学生)、一人はプレプライマリー(幼稚園)に通っていました。去年の12月、2人とも無事今年度を終えることができました。それぞれ2人にとって充実した1年だったと思いますが、親としては、この1年、特に大きな事故もトラブルもなく、無事学校に通ってくれたことがとにかくありがたいと思いました。

日本は4月から3月までが学年の区切りになっていますが、ここ西オーストラリア州では1月から12月が学年の区切りになっています。学年の始まりはだいたい2月の頭。そこから12月の半ばまで、8週から10週くらいのタームが4回あり、タームの間にはそれぞれ2週間ほどのお休み(ホリデー)があります。12月半ばには学校が終わり、次の学年が始まるまでは長いホリデーになります。この間は非常に暑い時期なので、夏休みのようなものですね。

日本の学校でも一般的には夏休みが一番長い休みで、私が学生だったことは7月の後半から8月の終わりまで、だいたい40日くらいあったと思います。ただ夏休みは1学期と2学期の間なので、結構たっぷりの宿題が出されて、毎年8月の終わりごろは宿題に追い立てられてバタバタしていたのをよく覚えています。ところが、オーストラリアの夏休みは学年が切り替わる時期に当たるので宿題がありません。日本でも短い春休み(3月後半~4月頭)には宿題がなかったと思いますが、それと同じですね。

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ハイスクールに通う長女のこと


上の子は去年までIntensive English Centres(IEC)という、特別に英語を学習するコースに通っていたのですが、今年から一般のオーストラリアの子どもたちと同じ学校(メインストリーム)に通い始めました。IECでは英語の学習が重点的に行われていたので、いわゆる語学以外の勉強の内容もそれほど難しくなかったようですが、メインストリームに入ってScience (理科)、Humanities and Social Sciences (社会) などが入ってくることで、グッと難しくなったようです。特に社会のカリキュラムについては、日本の小学校で習っていたことと大きく異なり、初めて聞くような話ばかりで、最初は難しかったようです。一度は成績が十分ではないという連絡があり、先生と面談もしました。その後、なぜかトピックが「日本の歴史」という期間があり、日本の戦国時代の話とかを勉強したそうです。そこでだいぶ持ち直し、なんとか年末まで頑張り通すことができたようです。

ハイスクールでは、最初に出欠を確認する”フォームクラス”というものはあるのですが、それ以外の時間は学生ごとに選択している授業が異なるので、各授業ごとにクラス編成が変わるそうです。それだけでなく授業ごとに専用の教室があったりするので、ほぼ授業ごとにクラスを移動しているような状況らしいです。日本でいうと大学の授業がそのような感じだったと思います。

IECでは音楽や美術など特殊な科目以外は、担任の先生が授業をしていたので、その担任の先生ときちんとコミュニケーションがとれていれば問題なかったのですが、ハイスクールになって、急にたくさんの先生とコミュニケーションを取らなければいけなくなったため、最初は先生ごとの性格をつかむのに苦労していたところがあるようです。授業の終わりに質問したいことがあっても、次の授業のために教室を移動しなければいけないために質問が出来ない。先生には「なぜわからないのに質問してこないのか」と言われる。彼女なりに悩んでいたようです。

最初はとにかく次の授業に遅れないように授業が終わると慌てて移動していたそうですが、学校生活に慣れてくるにつれ「前の授業でわからないところを質問していた」ときちんと理由を説明すれば、次の授業に少しくらい遅れて行っても特に問題はないということが分かったため、分からない部分は授業の終わりに先生に聞くようにしているそうです。

中学生とパソコン


ハイスクールに入るとき、学校の指定でノートパソコンを買わされました。これからはITのスキルも向上させる必要がある、とのことで学校に通う学生全員にノートブックPCを持たせるそうです。

学校の指定はMacでした。最初は新品を買うまでもないかと思い、私の持っていたMacBookProを使わせようかと思ったのですが「重すぎる」とのことで娘に拒否されました。仕方ないので、娘を一度AppleStoreに連れて行き、学校指定のいくつかのモデルを実際に見せてみたところ、一番軽い、11インチのMacBookAirが彼女のお気に入りで、それを買うことになりました。私はパソコンを仕事で使っているので、「画面が狭いパソコン」というのは使用に耐えないというイメージがあったのですが、とにかく重いものはイヤだということで、本人の希望を優先しました。

その後、学校の授業ではテキストや課題を学内ネットからダウンロードしたり、自分でコンセプトからこれまでにないような新しい製品を考えてそのプレゼンを作成する、という課題があったり、結構よく使っているそうです。学校からは「一人一台」というお達しでしたが、本当に持っているのは生徒の半数くらいだそうです。

パソコンのスキルもずいぶん向上しているようで、ちょっとやり方を教えただけでお気に入りのアイドルの画像をネット上から探してきて、2016年版カレンダーを自分でデザインして作ったものを自室に飾っています。

20160107_calender

ハイスクールに入ったとき、娘は英語を学び始めて1年半でした。正直いうとメインストリームについていけるかどうか不安もありました。でも、実際に通わせてみると、すぐに友達ができ、楽しく学校に通っているようです。このあともどんどん難しくなっていくので気を緩めずに、楽しく頑張って欲しいと思っています。

幼稚園に通う長男のこと


長男は今年は1タームは去年まで通っていた学校に行き、2ターム目から今の学校に転校しました。転校した最初のころは不安そうにしていたのですが、去年1年間キンディー(年中)に通って、ずいぶん英語でのコミュニケーションもできるようになっていました。新しい学校の先生もとても素晴らしく、すぐ学校になじむことができました。

息子が通っていた教室。大変にぎやかな室内。この時は太陽系について勉強してました。
20160107_preprimary
今年はとにかく工作にハマっていて、学校から帰ってきてから夕飯までの時間はだいたいテレビを見ながら、ひたすら工作をしていました。工作の材料はコピー用紙、セロテープ、折り紙がメインで、たまにペットボトルや、トイレットペーパーの芯、アルミホイルなども使っています。
今年初めのころは紙を丸く切って、足を付けるといった2Dのものばかりだったのですが、毎日毎日何かを作っては学校に持っていくということを繰り返しているうちに、どんどん工作で作るもののレベルも上がってきて最近は立体感を持ったものを作るのが大変上手になってきました。

これが2015年の5月くらいにつくっていたもの。昆虫シリーズ
2015年5月頃に作っていたもの
これがつい最近作ったもの。フロントウイングの立体感がすごい。
2015年12月頃に作っていたもの
家ではまだまだ甘え癖が抜けなくて、ちっとも言うことを聞かない(妻の言うことだけはよく聞く)困ったチャンなのですが、学校では真面目に一生懸命やっているようで、先生にも非常にクリエイティブでクレバーな子どもだと、親としてびっくりするくらい評価が高く大変褒めてもらいました。

今年で幼稚園は卒業で、来年からいよいよ小学生です。

まとめ


私たち家族は2年8カ月前にオーストラリアにやってきました。その時にはパースに身寄りも親戚も頼る人もなく本当に不安でした。そして何もない中で、英語のこと、ビザのこと、お金のこと、仕事のこと、子どものこと、課題だけは山積みでした。
もちろん、パースへの移住は自分たちで選んでやってきたことなので仕方ないわけなのですが、それでも希望と同じくらい、不安も大きかったのは事実です。

その当時のことを振り返って思うと、今ではずいぶん楽にはなったと思います。英語でのコミュニケーションにもずいぶん慣れてきましたし、仕事もこのようにやって行けています。でもそれら以上に私たち夫婦にとって「英語をほぼゼロから始めた子どもたちが、英語環境に慣れる」という大きな課題をクリアしつつある、というところは非常に大きな意味を持っています。こればかりは子どもたち自身のことなので、親が代わりにやってやることもできませんし、子どもがよい友達に巡り合えるかどうかはコントロールできるものでもありません。いくら教育がよくても本人がこちらの学校になじめなければオーストラリアに来た意味も半減してしまうので、そういう中で子どもたちが毎日楽しく学校に行けているのは私たち夫婦にとって、とても幸せなことです。

今年は移住3年目になります。うまくいけば永住権も見えてきている状況です。引き続き少しずつ、家族で頑張っていきたいと思っています。

Masahiro Natori

Masahiro Natori
こんにちはMasaです。39歳の時に16年勤めた会社を辞め、2013年4月に家族で日本からパースに引っ越してきました。2013年6月よりGITSに勤務。2014年1月にGITSのサポートでProgrammerとして457ビザを取得。 趣味は音楽を聴くことと、部屋のレイアウトを変えること、ドライブすること。
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